RESEARCH
野老山研究室では,表面・接触・摩擦・摩耗・潤滑を対象とするトライボロジーを基盤として,次世代機械システムのための機能表面の創製と評価に取り組んでいます。
01 トライボロジーとは
Tribology(トライボロジー)とは,ギリシャ語の “tribos”(摩擦する)をもとに作られた用語で,「相対運動をして相互に影響しあう二表面,ならびにそれに関連する諸問題と実際についての科学と技術」と定義されています。平たく言えば,表面・接触・摩擦・摩耗・潤滑を取り扱う学問分野であり,モノとモノが接触するあらゆる場面に関わる応用範囲の広い学問です。
たとえば,自動車産業では,エンジン内部や駆動系における摩擦によるエネルギー伝達ロスの低減が重要な課題です。動力源の高効率化だけでなく,摺動部で生じる摩擦・摩耗を制御することで,低燃費化,省エネルギー化,部品の長寿命化に貢献できます。
情報産業においてもトライボロジーは重要です。ハードディスクでは記録密度の向上に伴い,ヘッドとディスクの間隔が極めて小さくなります。そのため,接触による表面損傷を防ぐために,ディスク表面の潤滑保護膜や表面設計が重要な役割を果たしています。
このようにトライボロジーは,自動車,情報機器,医療機器,エネルギー機器など,さまざまな産業における発展を支えるキーテクノロジーです。近年は,従来の「形の設計」だけでなく,材料表面の構造・化学状態・潤滑状態を制御する「表面の設計」がますます重要になっています。
物体表面で起こる現象を理解するためには,物理学,化学,材料学,弾塑性学,破壊力学,流体力学,熱力学などの知識が必要です。トライボロジーは,これらの知識を総合し,さまざまな分野で役立つ基盤技術の開発を目指す学問分野です。
02 研究例 1:炭素系薄膜による低摩擦・高耐久表面の創製
DLC(Diamond-Like Carbon)膜やta-C膜は,高硬度・耐摩耗性・低摩擦性を併せ持つ炭素系硬質薄膜です。野老山研究室では,炭素のsp3/sp2結合構造,添加元素,熱処理,摩擦界面で生じる化学変化に着目し,低摩擦・高耐久な表面設計を研究しています。
近年は,高硬度ta-C膜にV,Nb,TaなどのV族元素を添加し,大気中での超低摩擦化を目指しています。谷川らの研究では,Ta添加ta-C膜において摩擦係数0.043の低摩擦が得られており,添加元素が炭素骨格や摩擦界面の酸化状態を制御する可能性が示されています。
また,V添加ta-C膜では,加熱により膜中のVが表面へ析出する様子が観察されています。これは,薄膜内部の添加元素が温度や雰囲気によって移動し,接触面の化学状態を変えることで,摩擦特性を大きく変化させることを示しています。単に「硬い膜」を作るだけでなく,摩擦中に形成される移着膜・酸化物・表面析出物まで含めて制御することが,炭素系薄膜による低摩擦化の重要な考え方です。
参考論文:Takayuki Tokoroyama, Kosuke Suzuki, Asato Tanigawa, Ruixi Zhang, Lulu Li, Noritsugu Umehara, Jongkuk Kim, Jae-Il Kim, Young-Jun Jang, Motoyuki Murashima, “The effect of group 5 metal elements addition to ta-C coating on tribological properties in dry friction,” Friction. DOI: 10.26599/FRICT.2026.9441264
03 研究例 2:iFLATによる摩耗粒子のその場観察
潤滑油中に存在する摩耗粒子は,摩擦面に進入すると三元アブレシブ摩耗を引き起こし,機械システムの寿命低下につながります。しかし,摩耗粒子が接触部へ進入する瞬間や,接触部近傍でどのように流されるのかを直接観察することは容易ではありません。
野老山研究室では,蛍光発光粒子その場観察摩擦試験機 iFLAT(intelligent Fluorescent Light Assisted Tribometer)を用いて,潤滑油中の模擬摩耗粒子の挙動を可視化しています。iFLATでは,蛍光染色した粒子のみを発光させ,背景光をフィルタで遮断することで,通常の光学観察では捉えにくいサブミクロン粒子を高いコントラストで検出できます。
この手法により,SUJ2球とガラスディスクの接触部において,粒子が接触面へ進入する条件,油膜厚さやしゅう動速度が粒子堆積量に及ぼす影響,さらに接触部を回避する流れの形成を調べています。摩耗粒子の進入メカニズムを明らかにすることで,潤滑設計,表面材料設計,テクスチャリングによる粒子排出設計など,高耐久な機械システムの実現につなげています。
04 研究例 3:高温・高圧環境におけるオートクレーブ摩擦試験
高温・高圧液体環境では,摩擦・摩耗は単なる機械的な接触だけでなく,水や酸素による酸化反応,表面硬さの変化,反応膜の形成などと強く結びついて進行します。そのため,実際の使用環境に近い条件で材料表面の損傷メカニズムを評価することが重要です。
野老山研究室では,オートクレーブ型摩擦試験機を用いて,通常の大気中試験では再現が難しい高温・高圧液体環境におけるDLC膜の摩擦・摩耗特性を調べています。近年は,水を含むエタノール環境において,DLC膜の種類や雰囲気中の酸素が摩耗に及ぼす影響を評価しています。
三又らの研究では,水と酸素が共存する環境でSi含有DLC膜の摩耗が増加し,その要因として膜最表面の酸化,O/C比の増加,および最表面硬さの低下が示されています。摩擦試験後にはAESやAFMナノスクラッチ試験を用いて,表面の化学状態と機械特性を解析し,過酷環境で使用される表面材料の設計指針の確立を目指しています。
参考論文:T. Tokoroyama, S. Horikawa, J. Mimata, N. Umehara, M. Murashima, “Effect of Water on Wear of DLC Coatings in High Temperature and Pressurized Ethanol,” Tribology Letters, 72, 111, 2024. DOI: 10.1007/s11249-024-01910-z